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田中たかあきブログ

当たり前のことや基本をしっかりやることを大切にしてます。

「愛している」と「愛したい」の違い

自分が誰かを愛しているというのは、すでに完了形であることに特徴がある。

「愛そう」と意識するまでもなく、もうすでに愛してしまっている。

 

他方、誰かを「愛したい」と考えるときは、そう意識しなければ愛せないほど、相手にたいする愛の感情が欠けている。

相手に対する愛が欠けているからこそ、相手を愛したいという欲望が生まれる。

なぜなら、欲望とは存在しないものに対してしか持つことができないから。

欠けているものだからこそ、人は「欲しい」「~したい」という欲求を持つ。

 

自分が相手を愛していないからこそ、なんとかして相手を「愛したい」と意識する。

無理にそう思えるように努力する。

 

しかし、「愛している」というのは、特に欲望や意志を必要としない。

意識しなくても、気がついたらもうすでに愛してしまっている。

つまり愛しているとは、1つの状態であり、能動的な行為ではない。

 

それゆえ、愛は常に時間的なズレがある。

そして、それは突然やってくる。

 

例えば、1人の少年がある少女にたいして、いつもと違う感情を持ったとしよう。

彼は、いつもと違う不思議な感情に対して違和感を感じる。

「この気持ちは何だろう?」

彼はモヤモヤするが、そのモヤモヤの意味はよくわからない。

なんだか胸がドキドキするし、その少女が近くにいると顔が赤くなる。

一体これは何だろう?

 

しかし、あるとき彼は突然気づく。

「そうか、自分は彼女を愛しているんだ」

 

決して、今から愛そう愛そうと準備しているわけではない。

気づいたらもうすでに愛しちゃってるのである。

 

つまり、一種の飛躍がある。

その一線を飛び越えることで、世界は一気に変化する。

 

逆に、愛している状態から愛していない状態に変化するときも、完了形である。

いつのまにか気づいたら、もうすでに相手を愛していないことを知る。

そうなってしまえば、もうどうしょうもない。

「なのとかもう一度相手を愛そう、愛したい」と思っても、そう考えること自体が、絶望的に愛が欠けていることを証明してしまう。

国のために子どもを作るべきか、自分の自由とか地球を重視するか

私は結婚もしたくないし、子どもも作りたくない。

なので年をとってら年金を受け取らないようにしようと考えているし、医療保険などもなるべく利用しないようにしている。

 

しかし本当にそれでいいのか、子どもを作るべきかどうか、私は3つの観点から悩んでいる。

 

1つは、国家の利益を考えるという観点。国家のためには子どもを作るべきだと思う。

2つめ、自分の好きなように生きるという観点。つまり個人の自由を重視する観点で、この視点だと、私は結婚もせず子どもも作らず生きたい。

3つめに、地球の人口が80億人を超えていて、地球全体では人口過剰だという観点。

 

どの価値観を重視するかによって、子どもを作るべきかが変わってしまうので、ウーンと悩んでいる。

全体主義で生きるか、個人主義で生きるか。

 

まず、1つめの観点だと、日本が少子化になると経済力とか軍事力とかいろいろ国力が減ってしまい国家に迷惑がかかることを考えたら、無理にでも子どもを作って育てるべきなのかな、と思う。

適度に国民が多ければGDPとか軍事力で有利だ。

もちろん中国みたいに人が多すぎると、国がバラバラになりやすいから、多すぎもよくないけど。

 

日本の先祖の人たちが戦争とか一生けん命戦って日本を守ってきたことを考えると、国のために子ども作るべきかなあとは思う。

自分だけ楽しようなんてずるいし、非国民だと言われてもしょうがないのかなあ、昔の人のこと考えたら無理にでも子ども作らないといけないかな、と。

 

ちなみに、年金制度は別に無くせばいいと思うので、年金制度を続けるために子どもを作る必要はないと私は思う。

 

次に2つめの観点から考えてみると、自分の自由を重視して生きるなら、私は子どもを作りたくない。

まず、生まれてくる子どもに申し訳ない。

この過酷な世界に生み落としてしまうのはかわいそうな気がする。

 

あと、単純に自分の時間が無くなるとが嫌だというのが本音だ。

これはかなり大きい。

 

それと、3つめの観点で、地球の人口が80億人超えててどう考えても多すぎなこと考えたら、自分が子どもを作ると、地球全体では迷惑かなあと思えてしまうのだ。

他の国で人口増えてるから、自分が子ども作らないことで調整というかバランスとれるかなと思うわけだ。

 

あと、マルサスの『人口論』読んだら、いくら食料増えて経済的に世界が豊かになっても、人口がまた増えたらまた食料とか足りなくなって結局困る、みたいなこと書いてあって、ああやっぱ人増えすぎたらいかんのかあ、って思った。

 

ここには、全体と個の対立もある。

全体を重視するか、個を重視するか。

もちろんどちらもバランスよく考えるのがベストなんだろうが。

 

子どもを作るほうが正しいのか、作らないほうが正しいのか?

いや、そもそも「正しい」とはどういう意味なのだろうか?

というか、そもそもなぜ私は正しさを「求めている」のか?

別に正しくなくてもいいじゃないか、正しく生きる必要ないじゃないか。

 

なぜか私は「正しく生きたい」という欲望を持っている。

おそらくは、集団の中で有利に生きるという目的が関係しているのかもしれない。

 

とにかく、何が正しいのか、どの価値観を1番大事だと考えるかによって答えが変わるからややこしい。

 

「子どもを作るべきだ」とか「子どもを作らないのは非国民」という考えは、もちろん国家のためという観点から考えると正しい。

実際、「独身なの?非国民だね」と言われると悲しい。

「国のお荷物だね」とか「国の役にたとうと思わないのか」と言われたら、何も言い返せない。

「他のことでできるだけ国のために働きます、それと自分が年とったとき年金は受け取りません、医療保険もできるだけ利用しません」と言うことしかできない。

 

他方、自分の自由を優先するという観点から考えると、子ども作らず時間の自由を確保したい。

人から軽蔑されたり見下されたりするのはつらいけどそこは我慢できる。

 

そして、地球の人口は増えすぎだという観点を重視すると、別に子ども無理に作らなくてもいいかなあとも思える。

 

少なくとも、何を大切に考えるか、何を望むのか、何を1番に欲するのかによって、何が正解か変わる。

 

そもそも、なぜ正しくなければいけないのか?という疑問もある。

このばあいの「いけない」とはどういう意味だろうか。

 

「いけない」という言葉を使う時点で、私は規範とか正しさという価値観を前提にしている。

「正しいことをしたい、正しくないことはしたくない」

そんな欲望を私は持っているようだ。

 

なぜなら、正しさを得ることによって、権力が欲しいからかもしれない。

自分は正しいという免罪符が欲しいのだ。

自分は正しいというチケットを手に入れて、権力を持ちたいわけだ 。

 

このことをニーチェは「権力への意志」とか「力への意志」と呼んだ。

そう、自分は力が欲しいのだ。

 

恋人の女性に飽きてしまう原因は、謎と時間かもしれない

長く付き合ううちに彼氏に飽きられたという女性の声を聞くことがあるし、2,3回セックスをするとその女性に飽きてしまう男性がいる。

なぜ彼女に飽きてしまうのか?

 

それは、第一に謎がないことであり、第二に時間を空けないから、かもしれない。

 

1.完全な支配、謎がないこと

よく言われる有力な1つの仮説は、その男性が相手の女性を「完全に征服してしまった」と感じてしまうから、飽きてしまうのかもしれない、ということだ。

相手の女性の心身を完全に支配してしまったので、「ゴールを達成しました」ということで飽きるのだ。

 

この仮説が正しければ、その逆であれば、その男性は相手の女性に飽きないことになる。

つまり、彼がその女性と何年付き合っても、何回セックスしても、支配しきれない、支配した気がしないならば、彼はその彼女に飽きないかもしれない。

 

例えば、彼女が何をしているのかわからない時間があるとか、別の男と楽しそうに話しているとか。

 

相手を支配できないとは、1つの謎だ。

彼女が何かを隠していれば、彼は、解かないとスッキリしない疑問を解決したくなるから、相手の女性に飽きない。

彼女が自分に対して隠している「何か」を明らかにしたいと欲望する。

したがって飽きない。

 

「彼女はまだ自分に全てをさらけ出していない。その隠してあるものを見たい!」

これは、バタイユという思想家が言っている、チラリズムに欲情してしまうという考えに近い。

 

そういえば5年前くらい前の学生時代に、大学の飲み会の席で哲学者の田島正樹先生が似たようなこと言ってた。

「男を魅了するためには、女性は自分のすべてを相手に見せてはいけない。自分のすべてを知られてはいけないよ」

みたいなことを言っていたと思う。

当時はふーんと思っていたが確かにそうかもしれない。

 

全てをさらけ出してしまうと、その女性には謎が消える。

だから、常に1つの問いを、1つの疑問符を相手の男に抱かせておけば、男はその女性に飽きにくいのかもしれない。

 

欲望は、何かが欠けているから、その足りないものを満たすために生まれる。

全てが満ち足りてしまったら、欲望がなくなってしまう。

 

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2.時間を空けない

これも王道的な考えで、会う時間を空けないから飽きるということだ。

時間を空けることで、相手に飽きにくくなるかもしれない。

 

なぜなら、どんなに好きでも毎日ずっと一緒にいれば相手に飽きるし嫌いにさえなるから。

例えば、結婚すると毎日相手と会うので、飽きやすくなる可能性がある。

 

とんかつ定食が大好きでも、毎日3食全部とんかつ定食を食べれば飽きる。

ラーメンを毎日3食食べれば飽きてきて、うどんやカレーも食べたくなる。

毎日チョコケーキを食べればプリンやアイスも食べたくなる。

 

だから、適度に相手と離れて、会わない時間をつくる。

王道的な手法だが、結局これが1番重要なんじゃないかと私は思う。

 

適度に会わない、適度に離れて時間を空ける。

この絶妙なバランスを調整するといいのかもしれない。

 

もちろん絶対ではないことは言うまでもない。

 

まとめ

・その男性が相手の女性を完全に征服したと感じると、彼は彼女に飽きる可能性がある

・女性が自分のすべてを見せて、謎がなくなると飽きられる可能性がある

・時間を空ければいいのかもしれない