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田中たかあきブログ

当たり前のことや基本をしっかりやることを大切にしてます。

国立大学の文系学部を廃止することが正しい理由

国立大学 文系廃止

国立大学の文系学部が廃止される予定であることが報道されてますね。

 

私は賛成です、無くしていいっすよ。

なぜなら、文系学部で学ぶことなんて、本読めば十分だから。

わざわざ税金使って教授を雇う必要なんてないです。

 

それに、文系学部の教授がいなくても、別に誰も困らないし。

理系は社会にとって必要なので、ぜひ大学が必要ですが、文系は必要ない。

 

文系の学問は、本を借りて読めば、すぐに理解できることばかりです。

本屋で立ち読みでOK。

 

どうせ教授の授業は、本の内容を話すか、しょうもないつまらない話しかしないんですから、国立の大学で文系学部はなくてもまったく問題なし。

 

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文系で学ぶことなんて、人生をある程度生きていればわかることばかりなんですから、わざわざ国立の勉強施設なんて必要ないんですよ。

税金の無駄。

 

国立の文系学部に金使うくらいなら、その分を理系のほうに回したほうが、国益になります。

 

国立の文系学部廃止に賛成する教授たちは、ただ自分がクビになるのが嫌だから騒いでるだけです。

保身のためにすぎない。

だから、そういう人がいたら、そういうことなんだなって見守ってあげましょう。

 

別に他のところで学べばいい

文系学部が廃止されたって、別にいいと私は思うもう1つの理由があります。

それは、自分たちで人文社会系の学問を学べる場所を作ればいいからです。

 

人文学や社会科学の研究をするのは、どこでもできますよね。

公園でやってもいいし、どこか場所を借りてゼミでもやればいいです。

喫茶店みたいなところで読書会をしてもいい。

 

そうです、別に国立大学の文系学部が無くなっても、自分たちで適当に場所を作って学べばいいのです。

それに、私立大学には文系学部が残るので、私立大学で学べばいいです。

 

そもそもリベラルアーツや人文学は、古代ギリシャでは自由市民という暇人がやるものでした。

広場とかで議論したりしてたのです。

決して国家が予算を出して施設を作って学ぶものではありませんでした。

 

大学だって、もともとは施設や建物を指す言葉ではなく、人々の集まり、組合を意味していただけのことです。

学問を学びたい人たちが、勝手に自分たちで集まってただけです。