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田中たかあきブログ

当たり前のことや基本をしっかりやることを大切にしてます。

自分でとった写真と他人がとった写真の決定的な違い

田中です。

実は、自分がとった写真と他人が撮った写真は、ある点が決定的に違うのです。

 

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同じ場所を自分で撮る写真と他人が撮った写真の違い

実は、自分で撮った写真と、

他人が撮った写真は、「ある」ことが決定的に違います

何が違うかというと、

写真の内容が違うです。

 

言い換えると、写真に含まれているものが違いますし、

含まれている意味が全く違うのです。

 

自分で撮ったものや建物や風景は、

自分がそれと同じ時間・場所にいるような、

そういう自分と関わっているもの・建物・風景です。

 

それに対して、自分がその場所や空間にいないような

建物や風景は、自分と全く関係ないものです。

 

「田中さん!まだ何言ってるのか、よくわかりませんよ!」

 

自分と写すものが同じ時間・場所を共有しているか

どういうことかというと、

自分で撮った写真は、

撮った場所や空間・時間を、

自分と一体化している、と言う点が

他の人が撮る写真とは違うのです。

 

つまり、自分が、写すものと

同じ時間や空間を共有しているかどうか、

という点が、

自分で撮る写真と他人の撮る写真では違うのです。

 

例えば、パンフレットにある清水寺の写真と、

自分で撮った清水寺の写真は、

含まれている内容や意味が全く別物です。

 

なぜなら、自分で撮った写真に写っているものは、

自分と同じ時間・空間を共有したような、

そういう特別な唯一の対象だからです。

 

清水寺という建物や、場所、空間と、

同じところに自分もいるのであり、

その空間と一体化しているのです。

 

言い換えると、自分で撮ったものや風景は、

自分と交流した対象であり、

他と交換できない、入れ替え不能な瞬間なのです。

 

自分で撮ったものと、他人が撮ったものは、同じものを写さない

自分で撮ったものと、他人がとったものは、

撮っている建物や風景など、

対象自体は同じです。

 

しかし、その意味が違うのです。

内容が異なるのです。

 

自分が撮った写真は、

自分とその撮ったもの(建物や風景など)

が、自分と同じ時間・空間を共有してる、

そういう特別なものなのです。

 

だから、自分が撮った写真は

見ていて楽しいのです。

 

今回のまとめ

1:自分が撮った写真と他人が撮った写真は同じものを撮っていても、

その意味や内容が違う

 

2:自分で撮る写真は、自分と同じ時間・空間を共有した

ものが写っている、他と入れ替え不能な唯一のもの