田中たかあきブログ

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合掌とは何か

顔の前で両手を合わせる合掌という行為。

私は別に仏教の信者ではないが、今日はその「合掌」の意味について考えてみます。

 

 

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両手を合わせる「合掌」の意味

両手を合わせる行為は何を意味するか、

自分と他人を超えた存在を意味する、と解釈してみます。

言い換えると、自分と他人を調和してバランスよく混ぜ合わせたもの、です。

 

分かりやすく言うと、自分のために行動しようという意志と、

他人などのために行動する意志が、調和した状態を表しているのが「合掌」です。

自分と他人を超えた存在とは、言い換えると仏(ほとけ)です。

 

例えば、多くの人は、おいしい食べ物を食べないとか、人に褒められたいといった欲を持っています。

これが、自分の欲です。

「自分はこうしたい」という自分の意志です。

 

一方で、他人や他の生き物に、何かを与えることもします。

例えば、友達においしい食べ物を作ってあげるとか、子供をほめてあげるなど。

これは、他人がしてほしいことをしてあげて、他人の欲を満たしてあげる行為です。

 

片方の手は自分を意味し、もう片方の手は他人を意味する

合掌で両手を合わせるとき、2つの手は、それぞれ違うものを意味します

片方の手は、自分や自分の意志を意味します。要するに自己ですね。

 

もう片方の手は、他人や他のもの、他の生き物を意味します

要するに、自分以外のものです。

 

自分と他者をどちらも大切にして、自分と他者を調和している状態

意味しているから、合掌は両手を合わせるのです。

言い換えると、自分と他者という2つの存在を超えた状態を意味しています。

それはつまり、仏(ほとけ)の状態です。

 

釈迦(シャカ)は単なる禁欲主義者ではない

大切なことは、仏教を開いた釈迦(シャカ)は、自分とか自分の欲を完全に全てを否定しているわけではない、ということです。

シャカは、自分の意志とか自分の欲を持ったほうがいいと言っています。

 

例えば、『ダンマパタ』という本の中で、シャカは「自分」を大切にしなさい、

と言います。

 

「偉い人とか他人にしたがって生きるのではなく、自分をよりどころにして生きなさい」(『ダンマパタ』)

 

 

「自分を大切にしなさい。」(『ダンマパタ』)

 

よく、シャカとか仏教は、自分の欲を全部捨て去って生きるとか、禁欲をするとか、

生きることを否定する、などと理解されていますが、

それは誤解だと私は思います。

なぜなら、シャカは自分とか自分の欲をある程度認めているからです。

 

他人や他のものに、相手が欲しいものを与えてあげる一方で、

自分の意志をしっかり持って生きる生き方を、シャカは選んでいます。

 

自分の欲だけを持って生きるわけではない。他のものにも与える。

しかし、だからといって自分を捨てない。自分の意志や欲もしっかり持っている。

自分と他者が調和して1つにバランスよく溶け合っている状態です。

そんな状態、生き方が仏という存在です。

そしてその状態は、両手を1つに合わせる「合掌」という行為に示されているのです。

 

自分もある程度大切にし、他者もある程度大切にするバランスのよい状態、

自分と他人をある意味で超えた存在、それが仏です。

こう解釈すると、自分も他人も大切にするなんて、とてもハードルが高い生き方です。

 

まとめ

・両手を合わせる合掌は、自分と他人が調和した状態=仏を意味する。

・片方の手は自分を意味し、他方の手は他者を意味する。