田中たかあきブログ

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人と仲良くなる方法

こんにちは、田中です。

 

社会学の本を読んでいると、誰かと仲良くするには、共通の敵を作るといいことがわかってきます。

なぜなら、人は「わたしたち」と「よそ者」という区別をするからです。

社会学では、これを「内集団」と「外集団」と呼びます。

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「わたしたち」と「よそ者」は一体

内集団とは、人々が一体感とか愛着を持つ集団のことです。

例えば、家族とか友達、グループは内集団です。

 

内集団の中では、互いに仲間や味方として認識されます。

要は、身内のような集まりであり、「わたしたち」という意識があります。

 

例えば、「家族だろう」とか「友達でしょ」、「身内なんだから」といった言い方をしますよね。

 

そして、身内とか仲間という概念は、よそ者とか他者という概念と一体です。

よそ者とか部外者、自分たちとは異質なもの、という概念と比べることによって、

内とか身内という概念は成立します。

 

このように、ある集団から身内ではない、よそ者と意識される人の集まりを、外集団と言います。

 

どの人々が内集団であり、外集団かは、誰が判断するかによって主観的に決まります。

例えば、田舎の人々にとっては、自分たちが内集団で、都会からやってくる人は外集団です。

しかし都会に住んでいる人からすれば、田舎からやってくる人は外集団です。

 

愛と憎しみは一体の概念

内集団や外集団の境界は、このようにあいまいです。

それゆえ、内集団を1つにまとめる感情は、外集団に対する違和感や敵意や対抗心と一体であると考えることができます。

 

例えば、自分のグループに対する愛着や一体感、優越感は、自分たち以外の人に対する違和感や対抗心、軽蔑、敵意などがあることによって成立します。

 

言語学者のソシュールが言ったように、意味は他のものとの差異により生じます。

他のものとの差異によって、「わたしたち」という意味が成立すると考えられます。

 

内集団への一体感が強ければ強いほど、外集団への対抗心は強くなる傾向があると思われます。

 

例えば、スポーツではよく共通の敵をかかげて、チームの結束を強めますよね。

「打倒〇〇!」と紙とかに書いて、部屋とかにはったりして、その紙を見て、

「よし!がんばるぞ」と練習をしたりとか。

 

あるいは、『ドラゴンボール』というマンガでもそうですよね。

ピッコロってもともとは悟空の敵ですよね。

なにせ、ピッコロ大魔王ですからね。

でも、ベジータとかフリーザという共通の敵がいて、一緒に戦う仲間になっていきます。

 

また、ベジータも最初は敵ですが、フリーザという共通の敵がいて、クリリンや悟空たちと一緒に戦いますよね。

 

ちなみに、カール・シュミットは民主主義がこういう内と外の対立によって成立していると、何かの本で書いていたと思います。

実際、国家の国民の一体感を高めるために、ある国が他の国を悪く言って、結束力を高める方法は、よく使われていると思います。

 

「わたしたち」という意識を持つことによって、世界はうまくいきます。

内集団と外集団という概念は、社会の秩序のために必要です。

 

しかし、その意識が強くなりすぎると、よくないことも起こります。

例えば、国家や国民、民族という意識が強くなりすぎると、他の人たちを排斥したり、戦争になったりする可能性もあります。

 

それゆえ、人と人が互いに冷静に話し合って、自分たちの価値観や欲求を、他者の価値観や欲求と調整する必要があります。

自分と他人の欲求を調整する活動、それが政治です。

 

話がそれました。

とにかく、仲良くするには敵をつくるといいようです。

でもあまりやりすぎると弊害が生まれます。

 

参考文献:W.G.サムナー『フォークウェイズ』、青木書店