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田中たかあきブログ

当たり前のことや基本をしっかりやることを大切にしてます。

敵は味方でもある理由

敵と味方は一体のものである、とプルタルコスは言っています。

なぜなら、敵は、自分について真実や鋭い指摘を言ってくれて、有益だからです。

 

嫉妬や敵愾心とか、競争心などの、敵意の感情を持たない国制は、今まで存在していませんでした。

そんななか、友情は、敵意と一体のものだという話が、プルタルコスの『モラリア』にあります。

 

賢者のギロンという人は、「自分には敵がいない」と言った人に対して、「では友人1人もいないのか」と言ったそうです。

これは、プルタルコスが言いたいことと同じです。

つまり、敵がいることと友人がいることは一体だというわけです。

 

彼は古代の人々と後の時代の人々を比較しています。

古代の人々は、獰猛な野生の動物から危害を受けないことで満足してました。

しかし、後の時代の人は、野生動物を使うことを学ぶようになりました。

例えば、肉を食べ物として利用したり、動物の毛を着物にしたりしました。

 

同じように、ある人は、敵から悪い仕打ちを受けないことだけで満足しますが、知性を持つ人は、敵対する人々から利益を得る、とクセノポンは言っているそうです。

 

農夫は、実を結ばない樹から利益を取る方法を探し求めてきました。

海の水は飲むことには役立ちませんが、魚を育てるし、旅人を船であらゆる場所に移動させるための輸送媒体となります。

 

また、サテュロスがはじめて火を見た時に、キスをして抱きしめようとしたに、プロメテウスはこう言ったそうです。

「おい雄山羊、おまえはあごヒゲを失って嘆き悲しむことだろう」アイスキュロス『火を運ぶプロメテウス』「断片」207.

 

火はたしかに熱いし、触れたものを燃やしてあごヒゲも燃やすし、人にとって危険なものです。

しかし、一方で火は、光と熱を与えてくれます。

火の使い方を学んだ者には、あらゆる技術の道具になります。

 

それゆえ、プルタルコスはこう言うのです。

どんなに敵が、ある点では有害であっても、何か他の点では、敵が他にはない有用性を持っていないか、有益なものではないか、と敵を考察してみるべきだ、と。

ある観点から見ると、自分にとって害がある敵でも、別の観点や別の目的から考えると、実は自分に大きな利益を与えてくれるかもしれないのです。

 

だから、別の観点から敵を見てみる必要があるのです。

別の目的から敵を眺めてみるといいのです。

 

敵意がもつ有害な点は最も有益になりうる

プルタルコスは、もし人々が注意を払うならば、敵意がもつ有害な点が、最も有益なことになることができる、と言っています。

 なぜなら、敵が自分に注意を向けてきて、詮索してくることによって、自分自信の発言や行動に対して注意を向けることができるからです。

 

敵が自分のことを調べたり、詮索してきて、自分の悪いところに注目してきます。

しかし、敵がそのように自分を調べてくると意識すれば、自分自身がもっとしっかり生きよう、と自覚することができます。

 

用心深く生活し、自分自身にもっと注意を払い、軽はずみな思慮を欠いた発言や行動をしないことを、意識するように、敵が導いてくれるのです。

あなたがより立派で非難の余地のない生き方をすることを、敵がサポートしてくれるのです。

 

プルタルコスが言うには、例えば、隣の国との戦争や、絶え間ない遠征によって鍛えられた国家が、秩序のある健全な国制に満足するように、敵の存在によって、自分たちの行動や発言に気を付けることができます。

 

それは、過ちを犯さない生き方が、習慣的に知らないうちに身について、秩序づけられるということです。

例えば、怠惰にならないとか、慇懃無礼にならないとか、表面的な生活をしないなど。

 

プルタルコスは次のように言います。

「それゆえ、敵とは人生や名声における競争相手であると悟る人は、自分自身にいっそうの注意を払い、行為に慎重になり、生活に調和をもたわそうとするのです。」プルタルコス『モラリア2』

 

なぜなら、人は友人の前よりも、敵の前で過ちを犯すことを、より恥じるからです。

ディオゲネスはこう言ってます。

「「どのようにして私は敵から身を守ろうか」「それは自分が善良な人間になることだ」」

 

さらに、プルタルコスはこう言います。

「もしあなたが、あなたを憎む者を苦しめたいならば、好色とか柔弱だとか放縦だとか、野卑であるとか奴隷根性だとか、悪口をたたいたりしてはなりません。そうではなく、自分自身が、ひとかどの人物となり、節制をもち、真実を語り、出会った人たちを人間愛によって正しく扱うようになさることです。」プルタルコス『モラリア2』

 

 

他人を診る医者自身が満身創痍で病気になっているような状態を避けるのです。

自分が敵を無教養だと思うなら、自分自身の中で学びと勤勉への愛を高めるように、プルタルコスは言います。

もし敵を卑怯者だと言うなら、自分の勇気と強さをいっそう呼び起こす。

 

プラトンも、見苦しい人たちと宴会で一緒になるときはいつも、自分自身にむかって、「私も何らかの点でこの者たちと同じではないか」と言うようにしていたそうです。

 

プルタルコスは、もし他人の生活の悪口を言う人が、ただちに自分自身の生活を調べて、正反対の方向へ、真っすぐ向きを変えて矯正するならば、彼はその悪口から何か有益なことを得るだろう、と言ってます。

そうでなければ、悪口とは無益で空しいものなのです。

 

敵は一見すると、自分にとって害悪でしかありません。

しかし、見方を変えると、自分が知らなかったことを教えてくれる味方であるとも言えるのです。

 

参考文献

プルタルコス『モラリア2』