田中たかあきブログ

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未来を中心に生きる人は、遠足の準備が好きな人に似てる理由

こんにちは、田中です。

 

未来や、先のことへの期待を中心に生きているタイプの人間がいます。

別にその生き方がよいとか悪いという話ではなく、単なる事実として、そういうタイプがある、という話です。

 

遠足の準備のほうが、実際の遠足自体よりもワクワクして楽しい、みたいな感じです。

あるいは、買いたいものをアレコレ考えるほうが、実際に買ったときよりワクワクする、みたいな。

 

要は、現実のことよりも、未来や、先のことへの期待を楽しむタイプの人間。

私もこの傾向がある人間です。

 

例えば、高校生のときに就職とか将来のために勉強する。

あるいは、親や先生からも、なるべく偏差値の高い大学に行った方が就職で有利とか言われて、小さいことから受験勉強をする。

 

で、進学したら、、次は就職活動。

いい職について、安定した収入を得るために活動する。

結婚するためには収入も大事だし、老後の生活のことも考える。

で、就職したら、結婚のことや子どものことや老後のことなどを考えて、お金をできるだけ稼いでためる。

 

結婚や子どもの教育費や老後のことを考えたら、年収もできるだけ高いほうがいい。

 

で、結婚したら今度は子どもの将来のために、活動する。

子どもが将来困らないで、ちゃんと生きていけるように、教育費にお金をかける。

子どもが就職で有利なように、必要な学力を見につけさせるために教育費をかける。

 

老後のことも考えて、お金もためる。

 

で、気がついたら老後。

 

いつまで生きるかわからないから、お金が足りるか心配する。

健康を気にして、健康食品を買ったり病院にいったりする。

自分の子どもがちゃんと結婚できるか心配する。

 

苦しまずに安らかな最後をむかえたいなと思う。

介護が必要になった場合、お金が足りるだろうかと心配する。

年金がこれからもちゃんと払われるのか心配する。

 

・・・そして、死ぬ。

 

以上のようなタイプの生き方の場合、人は自分の将来や未来のために生きる割合が多いです。

 

自分の未来をよりよくするために、行動をするわけですが、その未来になったら、今度はさらに次の未来のために活動する。

 

その次も、さらにその先の未来のことを心配して、活動する。

 

で、気が付いたら死の床にいるわけです。

 

サルトルは、「人間は期待のために生きる存在である」みたいなことを『存在と無』の中で言っていたと思うんですが、たしかにそういう人もいるなあと思います。

 

未来や、先のことへの期待のために生きる、みたいな生き方。

 

その場合、今という現実のために活動する割合はどうしても減ります。

 

いや、私は別にそれが悪いと言いたいのではありません。

そうではなく、そういうタイプの人生ってあるよねってだけの話です。

 

未来のことを考えるのは楽しいですからね。

遠足の前日に準備をするほうが、実際の遠足よりワクワクして楽しい、みたいな感覚。

 

何か買いたいものがあるときも、欲しいものについて考えるときのほうが、実際に買ったときより楽しい、みたいな。

 

未来への期待のために、今日を生きる、という生き方は、それらに似てる気がします。

 

ある人が、人はファンタジーを求めて生きている、と言っていたこととちょっと近いです。

その人いわく、人は何かが欲しいわけじゃない、何かを手に入れたいわけじゃない、ただ、ファンタジーを感じていたい、らしい。

 

未来とか、先のことへの期待とか、ファンタジーを楽しんでるだけ、ということでしょう。

 

私自身は、現実と未来のバランスをうまくとりながら生きたいかなと思ってます。

 

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 晩御飯。鮎の焼き魚とゆで卵です。

全然関係ない写真です笑