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田中たかあきブログ

当たり前のことや基本をしっかりやることを大切にしてます。

多数決と民主主義はもともと無関係である理由

こんにちは、田中です。

前回の記事で書いたように、議会と民主主義は全く関係ありませんでした

 

小室直樹の『痛快!憲法学』によれば、実は、多数決も民主主義とは関係なく生まれました

 

そもそも、ゲルマン社会の中では、何かを決めるときは、意見が全員一致することが原則でした。

例えば、騎士物語を読めばわかるように、騎士たちが集まって何かを決めるときは、全員が自分の剣をかかげて喝采(かっさい)します。

 

これが、全員一致の原則です。

 

でも、そんなヨーロッパで、12世紀に多数決が行われるようになった場所がありました。

それはローマ教会です。

 

昔も今も、ローマ法王の任期は、ローマ法王本人が死ぬまで(終身)であると決まってます。

 

王様の場合だったら、血筋で王位継承する人が自動的に決まります。

でも、法王は一代かぎりです。

 

なので、もし法王が死んだら、枢機卿という教会組織の上層部の僧たちがすぐに集まって、「次の法王誰にする?」「じゃあこの人にしよう」、と次の法王を選びます。

 この会議を「コンクラーベ」と呼びます。

 

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このとき、もし会議を全員一致で決めようとしたら、いつまでたっても決まらないですよね。

コンクラーベだけに根比べになります。

 

 でも、法王の位を空白にしておくのはよくないので、ローマ教会では、12世紀に多数決の原則が生まれました

 

この多数決のやり方が、やがて議会に使われるようになった理由は、全員一致で決めてたら、いつまでたっても税金の金額が決まらず、税金が集められないからです。

 

だから、「多数決で認められたことは、全体の総意と考える」という約束事をつくったんです。

 

 それゆえ、多数決は民主主義と関係なかった

議会と民主主義も関係なかった。

 

例えばポーランドの議会は、18世紀になるまで多数決を採用してません。

「議会だから最初から多数決だったんだ!」というのは間違いなんです。

 

ポーランドが分割された原因

今の議会では、多数決が普通に使われてますよね。

その理由はやはり、全員一致で何かを決めることが難しいからです。

 

例えば、全員一致によって物事を決めていたポーランドは、昔はヨーロッパの強国の1つだと言われていました。

特に、14世紀のヤギュウォ朝時代には、プロイセンもリトアニアも併合して、隣の国のロシアとも張り合うくらいポーランドは強かったのです。

 

しかし18世紀に、そのポーランドがプロイセンやオーストリアによって分割されてしまいました。

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その原因の1つは、ポーランド議会の非効率さであったと言われています。

 

だから、ヨーロッパ各国の身分制議会では、多数決制度がだんだん導入されるようになった。

 

でも、多数決は簡単に定着しませんでした。

なぜなら、近代デモクラシーの時代になっても、「本当に多数決は適切な決め方なのか」という議論がいつもあったからです。

 

「多数決によって少数者の意見が無視されるのは本当の民主主義じゃないんじゃね?」という問題があったんです。

 

南北戦争で多数決は定着した

民主主義の中で多数決が定着したのは、アメリカの南北戦争のころかもしれない、と小室直樹は言っています。

 

 南北戦争のとき、南部の11州は連邦政府にたいして反発しました。

なぜなら、11州の少数意見が多数決によって無視されているからです。

 

この反発にたいして、リンカーン大統領は毅然とした態度で「もし南部11州が不満であっても、勝手に連邦を離脱するのは非合法だ」と考えました。

 

当たり前のことですが、「多数決で決まったことだから正しい」とは言えません

なぜなら、多数決は議論で何かを決めるスピードや効率を高めるための手段であり、決めた内容の正しさを保証しないからです。

 

多数決は、何かを効率的に決めるための一種の方便です。

「多数決の意見を、全体の総意と考える」という約束です。

多数決の意見が、全体の意見であると仮に考えておこう、ということ。

 

「むずかしい言い方をすれば、多数決は擬制、一種のフィクションなのです」(小室直樹『痛快!憲法学』)

 

とはいえ、多数決の代わりになる方法を提示できない以上、多数決を批判することはできません

多数決が正しさを保証しないことを前提にしつつ、それでも多数決を行うしかありません。

 

ちなみに政治思想史学者の福田歓一は、憲法や議会が民主主義と何の関係もないことを指摘しています。

 

というわけで結論。

憲法や議会や多数決は、もともと民主主義とは関係ない。

 

参考文献:小室直樹『痛快!憲法学』、集英社、2001年

 

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