田中たかあきブログ

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人口の増え方と、食べ物の生産力のバランスが大切だと思うのです

人口と経済的貧困

私は、戦争や貧困、経済や政治を考えるときに、人口とか子どもの増え方はとても重要だと考えています。

特に、生産力とバランスのとれた適切な人口が大切であり、子どもの増やし方が重要です。

 

なぜなら、どんなに経済が成長して、どんなに生産力があがっても、それ以上に人口が増えたら、食べ物が足りなくなるから。

そして、食べ物などの生産力には限界があるから。

(この観点から言うと、日本の少子化はむしろよいことかもしれない。もちろん国防などの観点から見ると問題があるが)。

 

そんなわけで、マルサスの『人口論』を読んでみました。

 

マルサスの考えには、次の2つの前提があります。

 

1.食糧は人間の生存にとって必要不可欠である。

2.男女間の性欲は必然であり、ほぼ現状のまま将来も存続する。

 

つまり、人間は食べ物が必要だし、男と女はセックスすることを望む、ということ。

 

 加えて、彼は次のように主張する。

人口が増える力は、土地が人間の食糧を生産する力よりもはるかに大きい。

 

つまり、食べ物を生産できる力より、人の増え方のほうが大きいよね、ということ。

例えば、人がセックスして子どもを産む力は、農業をして小麦やパンをつくることができる生産力を上回る、ということ。

 

難しい言い方をするなら、人口は、何の抑制もしなければ、等比級数的に増加する

例えば、1、2、4、8、16、32、64、128、256・・・と増える。

 

他方、食べ物などの生活物資は、等差級数的にしか増加しない

 例えば、1、3、5、7、9、11、13、・・・と増える。

 

このように、等差級数的な増え方は、等差級数的な増え方をはるかに凌駕する。

 

人も植物も、自然の法則からは逃げられない

 とはいえ、人間が生きるためには食べ物が必要であるのが自然の法則だから、人口と食糧は伸び率が違っても、結果的にはバランスがとれるだろう、とマルサスは言っています。

なぜなら、食べ物が足りなくなって生きることが難しくなることによって、人口の増加は抑制されるからです。

 

例えば、人口が増えすぎて、食べ物が足りなくなって飢餓におそわれたなら、もちろん食べ物を得られない人たちは死にます。

だから、その分、人口の増加は減るわけです。

 

もし、生命に、どこまでも成長させる食糧と空間(土地など)が与えられたら、数千年で地球数百個分の生命があふれかえるだろう、と彼は言います。

だから自然の法則という必然性が、生命の数をあらかじめ定められた範囲内に制限する。

 

植物も動物も、この偉大な自然の法則によって支配されるのであり、人間も逃れられない。

 

例えば、植物の場合は、種子の浪費や病気、早死にになる、とマルサスは考えます。

そして、人間の場合は、貧困と悪徳になる。

 こうして生き物は数が減るから、結果的にバランスはとれる、とマルサスは言う。

 

要するに、人口の増加力と、土地の生産力の間には、自然のアンバランスがあるけど、結局は自然の大法則によって、人口の増加力と生産力のバランスは保たれる、ということ。

 

マルサスは、このことが社会の完成可能性にとって乗り越え不能の大きな難関であると言ってます。

この問題に比べれば、他の問題はすべて些末で副次的な問題にすぎない、とさえ彼は考えます。

 

「すべての生き物を支配するこの法則の重圧から、どうすれば人間は逃れられるか、私は知らない。」(マルサス『人口論』)

 

どんなに平等の幻想をもっても、どんなに農業の管理を徹底しても、自然の法則の圧力からは1世紀の間ですら逃れられない。

 

この考えは、すべての人間が安楽に幸福に、そしてのどかに暮らすことができ、自分や家族の生存手段にかんする不安を少しも覚えない社会がありうるという考えに対する決定的な反証になる、とマルサスは悲観的に言ってます(私はそうは思いませんが)。

 

 人口は、子どもを産まなければ増えないし、食料がなけらば増えない。

子どもを産んで、食料があれば、人口はひたすら増加する。

そして、人口増加の大きなパワーは、貧困や悪徳を生みだすことによってしか抑制できない、とマルサスは考える(この点で私は彼に反対する)。

 

マルサスは、次のような悲観的な発言をしています。

「飢饉は、どうやら自然が用いるもっとも恐ろしい最後の手段である。人口が増加する力は、土地が人間のために食糧を生みだす力よりも、はるかに大きい。したがって、人類は何らかの形で早死にすることになっている。」(マルサス『人口論』)

 

読んでて落ち込んでくるのですが、それでも読み進めると、さらに次のように書いてあります。

 

「まず、人間の悪徳が、人口減少に挑む有能な先鋒である。それは破壊の大軍の先頭にたち、しばしば単独でも大仕事をなしとげる。しかし、人間の悪徳がこの殲滅戦で成果をあげない場合には、流行病、伝染病、悪疫、コレラやペストがつぎつぎと押し寄せ、数千、数万の人命を掃討する。それでも成果が不完全な場合には、とても刃向かえない大飢饉が後陣からゆったりと現れる。そして、強力な一撃で、人口を世界の食糧と同じレベルに押し下げる。」(マルサス『人口論』)
 
もしこのような調整機能が自然にあるなら、すごく恐ろしい気分になります。
スピノザかライプニッツが、「神は世界を最善につくっている」と言ってたことを思い出します。
 
行き過ぎたものは必ず調整が入ります。
人口が増えすぎたら必ず調整が入ります。
調和と調整が、世界にはあるのです。