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田中たかあきブログ

ノージャンルのブログです

島根県立大学の思い出

2011年に編入する以前に、私は2008年4月から島根県立大学の総合政策学部に通っていた。

野球部の練習に熱中して勉強をしなかったのだが、県内推薦を使えたし、地元で公務員にでもなればいいかと思っていたので、何も考えずこの大学に入った。

 

隠岐の島という離島で育った私は、本土で初めて暮らすことになる。

大学には学生寮があるので、私もそこに入った。

 

1人ずつ個室があり、6人で1つの台所とリビング、シャワーを共有した。

同じ寮の人と仲良くなれるだろうかとドキドキしていたが、みんないい人で、仲良くしてもらえた。

ひんやりとした廊下を歩いて、おそるおそる共同のリビングスペースに行くと、松江から来たという茶髪でイケメンのAくんがいて、緊張しながら「初めまして、田中です」とあいさつした。彼は愛想よくこたえてくれた。

 

他にも安来から来た人、神戸や愛媛、鹿児島から来ている人もいて、島以外の人と話せて新鮮だった。

 

みんなで夕ご飯作ろうということで、まだほぼ初対面の状態で気まずい中、豚肉のそぼろ炒めみたいなよくわからない料理を作った。

それからも、みんなでコロッケをつくったりして、別の部屋の人も一緒にコロッケパーティーをしたりして楽しかった。

よくリビングでWiiのスマブラで遊んだ。

 

 大学のキャンパスは、ピンク色のきれいな新しい建物で、私はすごく好きだった。

 

1年生のときから1年間だけのゼミがあって、S先生という国際政治学が専門の先生が担当だったのだが、この人の授業スタイルは面白かった。

毎回3、4人のグループにわかれ、与えられたテーマについて議論して、最後にみんなで発表しあうというもの。

そして、そのグループの中で、毎回担当の人がレジュメを作って、テーマから問題提起をして、その問題について話し合った。

レジュメを始めて作って発表したときは緊張した。

 

学食は、1階と2階があって、2階は熱いので夏に2階に行くのはためらわれた。

かつ丼がおいしかった。券売機の食券が午前中で売り切れてしまう、からあげ丼というメニューがあったが、結局一度も食べたことはない。

100円でからあげを売っていたのをよく買って食べていた。

 

しばらくして、私はなぜか 将棋サークルに入った。

将棋サークルは、所属メンバーの先輩が2人しかいなくて、顧問の先生と、小学生が1人来ているという、なんとも寂しいサークルだった。

私たちの年に、男5人、女2人の合計7人が入って起死回生を果たした。

 

毎週金曜日に、畳の部屋でみんなで将棋を指した。チーム戦は面白かった。

顧問で将棋好きのI先生は丁寧な人でいい先生だった。

 

2年になると、3年間ずっと同じメンバーでゼミがはじまった。

男4人、女9人で、経済学が専門の先生のゼミになって、みんないい人だった。

最初にE.H.カーの『歴史』をみんなで読んだ。

春や夏に合宿があったり、海に行ったり、先生の家でご飯をみんなで作ったりカラオケに行ったりもした。

 

2年になると第二外国語を選択するのだが、選択肢が中国語と韓国語、ロシア語の3つしかなく、私はロシア語を選んだ。今思えば中国語にしとけばよかった、国際語だからね。

 

2011年に千葉大学に3年次編入するまで、島根県立大学で過ごしたが、非常に雰囲気もよく過ごしやすい大学だった。

もう二度とかえってこない時間だが、今となってはとても貴重な時間であったとしみじみと思う。そのときは気づかないものだ。