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田中たかあきブログ

ノージャンルのブログです

エレンがかっこいいところ、魅力

エレンのかっこいいところ、魅力

自由になりたい

『進撃の巨人』主人公のエレン・イエーガーの魅力は、目標に対する行動力の高さだ。

エレンの最大の欲望は、自由になることだ。

自由になりたいからこそ、壁の中で生活することを彼は嫌っていた。

自由への欲望を満たすために、エレンは命をはって勇気をもって行動する姿が本当にかっこいい。

 

エレンの欲望は途中で変化しているところもおもしろい。

きっかけは、1巻のときに、母親カルラが巨人に食べられ、巨人たちのせいで故郷も失ったことだ。

 

巨人を駆逐したいという欲望

自分たちの故郷が巨人たちのせいでめちゃくちゃにされた。

ここで、エレンに新しい欲望が生まれる。

それは、巨人をこの世から駆逐すること。

「駆逐してやる!この世から一匹残らず」と宣言している。

 

それは同時に、自由になるための手段でもある。

自由になるためには、巨人を駆逐する必要がある。

自由になることが目的、巨人を駆逐することが手段、とも言える。

 

母親を殺された恨みから、巨人を駆逐すること自体が目的になった。

同時に、巨人を駆逐することは、自由になるという目的のための手段でもある。

 

この時期には、自由になるという欲望よりも、巨人への復讐、恨みの気持ちのほうが強いようにも見える。

彼は強力な行動の動機を得て、その目的のために訓練兵になり、調査兵団に入る。

 

自分の存在と欲望の分裂

ヒストリアとヒストリアの父親が出てきたところで、エレンの欲望が自分自身の存在と対立するところがある。なぜなら、父親や自分が生きていることが、巨人の駆逐を妨害していると気づいたからだ。

始祖の巨人の力を持つフリーダを、父グリシャが食べて、その力は自分が今持ってしまっている。

王家の人間が持つべき力を自分が持っているばかりに、巨人たちを駆逐できない。

 

今まで自分は巨人をこの世から駆逐したいと思ってきた。

しかし、そんな自分が存在していることが、巨人をこの世から消すという欲望の邪魔になっていることに気づいた。

そう思ったからこそ、巨人化したヒストリアに自分を食べてほしいと願った。

 

自分が生きていることと、自分の目的が矛盾してしまったのだ。悲しすぎる。

自分の目的と手段が対立してしまっている。

しかしヒストリアに食べられようとするエレンの姿は、彼の意志の強さを明確に示す。

 エレンの欲望のブレなさ、芯の強さが示されているのが、この場面だ。

私がエレンを好きになったのもこのシーン。

 

海を見て生まれた疑念

巨人の駆逐と自由になることを目指して行動してきたエレンは、22巻でアルミン達と海を見たときに、目的に対する自分たちの手段が本当に正しいのか疑問を持つ。

 

今までは、巨人という敵を倒せば自由になれると思っていた

しかし、海の向こうの敵を全て倒して、本当にそれで自由になれるのか?とエレンは涙を流しながらアルミンとミカサに問いかけている。

目的達成のために自分たちが選んでいる手段は正しいのか?

 

自由になりたいという欲望は変わらないが、それは巨人や敵を駆逐しても、得られないんじゃないかという疑念を、エレンは持ち始めた。

今後のエレンの気持ちの変化が楽しみだ。

 

そもそもなぜエレンは自由を欲するのか。なぜ不自由ではダメなのか。

エレンが定義する自由とは何なのか。

そういったところも興味深い。