田中たかあきブログ

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『ヨルムンガンド』と『進撃の巨人』の思想の違い

『ヨルムンガンド』と『進撃の巨人』の思想の違い

『ヨルムンガンド』と『進撃の巨人』はどちらも名作だが、両作品の違いの1つは、「戦う」ことへの考え方の違いだ。

 

『ヨルムンガンド』の主人公ココは、世界平和を実現して、人類と武器を分離させることを目指している。

そのために、量子コンピューターで空の領域を制限し、空での戦いを無くそうとしている。

空で戦うことができなくなれば、軍事力や戦闘力は落ち、世界は武器から分離されていくというのだ。

 

だから、武器商人であるココは、自分の財力と、ミナミ博士の頭脳を使って新しい世界をつくろうとしている。

世界平和のためなら、70万人くらいの最低限の犠牲者が出るのは仕方ない、そのように彼女は考える。その直後ヨナが反対して立ち去るわけだが。

 

他方、『進撃の巨人』の根本テーマは、「この世界は残酷であり、かつ、美しい」こと、そして、「戦わなければ勝てない」ということ。

 

例えば、ミカサはエレンから「戦え」というメッセージを受け取り、覚醒して強くなる。

巨人に食べられそうになったときも、ミカサはエレンの「戦え」という言葉を思い出し、戦い続ける。

 

『進撃の巨人』においては、暴力や戦いを放棄することはむしろ悪いことだ。

暴力を放棄したところで、巨人たちに食べられるだけだ。

戦わないなら、暴力によって死ぬだけ。ならば、戦うしかない。

 

この点、『るろうに剣心』と『進撃の巨人』は考え方が似ている。

「所詮この世は弱肉強食。強ければ生き、弱ければ死ぬ」だと志々雄誠は言う。

剣心は志々雄の考えを否定して、「強ければ弱きものを助けることができる」と言っているが、全員弱かったり戦わなければ勝てないということを認めてしまっている。

だから、結局は志々雄誠の思想は否定されていない。

 

しかし、『ヨルムンガンド』自体も、ココの考え方には疑問符がつけられている。

なぜなら、彼女の兄キャスパーは、「人が武器を捨てることはない」と明言しているからだ。

ココは、空の戦いを封じて世界平和をつくろうとしているが、空がダメなら海上戦や陸上戦により力がそそがれるだろう。

何かを封じても、人は戦うことをやめない、とキャスパーは言う。

 

正確には、『ヨルムンガンド』は、結論を出していない。読者に答えを言ってない。

読者に問いを示しているだけだ。その問いに答えるのは、読者自身である。

 

『ヨルムンガンド』でココは。空での戦いを縮小させ、海や地上での戦いへと、戦いのエリアを小さくしていこうする。

対して『進撃の巨人』では、近代技術の進歩により、空中戦が強化され、地上の軍事力である巨人の力は小さくなっていく。

空の戦いが拡大されていくのが進撃、空への戦いが縮小されていくのがヨルムンガンド。

 

空中戦にたいする進展も正反対だ。

 

人が戦わないことを目指して戦うココと、戦いを諦めないで戦うエレンとミカサ、調査兵団。

2つの違いは明白だ。

 

2つの思想のどちらが正しいのか

私は、ココの考えは実現が難しいと思う。

なぜなら、生物は暴力なくして生きることができないから。

 

この世界が暴力によって成り立つことは真実だし、戦わなければならないことは真実だ。

その一方で、できるだけ軍事力を抑制していくことも、人類にとって必要なことは確かだ。

なぜなら、軍事力のインフレは、人間がその武器によって自滅するリスクもあるから。

 

しかし、武器や軍事力を制限し、世界平和を実現しようとすることは、問題もある。

みんなが軍事力を抑制しているのに、1つの国だけがルールを無視して自分たちだけ強い武器や軍事力を持てば、他の国が大きな被害を受けてしまう可能性があるからだ。

 

それはまるで、みんなで今回はテスト勉強しないでテストを受けようと約束しておいて、自分だけおもいっきり勉強して自分だけ高得点をとるようなものだ。

 

実際、他国が世界平和を実現しようと武器や軍事力に力を入れなかった間に、ナチスドイツはイギリスやフランスよりも強い軍事力をつけていったじゃないか。

第一次世界大戦のあと、各国は軍事縮小を進めていた。

でも、だからこそ、ナチスドイツは他の国より強くなれた。

 

誰かが裏切るんじゃないかという疑い。

そして裏切られた場合に受ける被害の大きさ。

それを考えたら、ココの考え方は非現実的だし、あまりよい結果になりそうもない。

 

だから、私自身は、武器や軍事力のインフレは避けられないし、避けてもあまりメリットがないと思う。

 

人間と武器を切り離すことなど不可能だ。

それを実現しようとすることは、必ず大きな反動を産みだす。

 

暴力なくして生き物は生きることができない。

他者を犠牲にしなければ、生物は生存できない。

 

軍事を縮小することによって、裏切りが起こり、また戦いは繰り返される。

このサイクルは、生きる証かもしれないのだ。

抑圧することは反発を生み出し、停滞は爆発を引き起こす。

 

空の戦いがないなら海上戦へ。それがダメなら陸上戦へ。核がないならミサイル、ミサイルがないなら銃、銃がないなら剣やヤリ。武器がないなら北斗神拳だ。

 

実際、皮肉にも、世界平和を実現しようとするココたちは、殺しのプロ集団でもあるのだ。