田中たかあきブログ

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宮台真司さんが提唱する「絆」とは時間が作る愛だ

宮台真司さんが言う「絆」の意味

宮台真司さんって「恋愛しない男はクソだ」とか「ヘタレ男ばかりだ」とか人を見下して優越感にひたる感じが嫌いなんだけど、けっこう鋭いことや面白いことも言う。

 

宮台さんは絆をつくる恋愛を推しているいるが、絆とは、時間によって生まれる愛だと思う。

 

一目ぼれみたいにバアン!と突発的に生まれるものではない。

ジリジリと醸成されるものだ。ジリジリ進むものって実は強いのだ。

 

2人の関係が続いた期間の長さが付加価値となり、それが魅力となる。

長期間、2人の関係が続いているという持続性にたいして価値が生まれ、その価値を2人が愛するということだ。

 

だからまあ、相手のことが好きというよりは、相手とずっと長いこと関係が続いてるという性質を愛してると言ったほうが正確だね。

 

時間はお金では買えないし、後から手に入れることもできない。

他の人とも交換できない。

そう、2人の時間は他の人と入れ替えることができないのだ。

 

これが、宮台さんの決めゼリフの「交換不能性」である。

他の人と入れ替えられないので、付加価値が上がるのだ。

 

愛は、見た目の美しさや性格などのような、1人の人間の性質だけでなく、2人の関係性という性質にも生まれる。

 

絆の場合、愛する対象は、1人の人間の性質ではなく、2人の関係性であり、時間である。

それは、2人の歴史を愛するということだ。

 

誰かが、結婚すると2人の歴史が始まるなどと言ってるが、これはなかなな面白い視点だ。

 

1人の人生というだけでなく、2人の歴史が始まるのだ。

 

時間は、とても不思議なものだ。

時間がたつことで、当初はわからなかった意味が、浮き彫りになることがある。

愛の場合も、2人の時間がたつことで、当初は理解できなかった意味が発見されることがあるだろう。

 

意味の理解には長い迂回が必要であることが多い。

 

例えば、イエスの弟子ペテロも、イエスの「鳥が3回泣くまでの間に、お前は自分がイエスの弟子ではないと否認するだろう」という言葉をすぐに理解できなかった。

弟子たちが裏切って、長い迂回をへて、イエスが処刑された後に「まことに神の子であった」と後から遡及的に理解される

 

それゆえ絆は、長期の目線で見る必要がある。短期的な目線だけでは視野狭窄になってしまう。

上手なサーファーのように、遠くの波を見ているものだけが見える観点がある。

ソフトバンクの孫正義さんも次のように言っている。

 

「近くばかりを見ていては船酔いする」(孫正義)

 

長期の時間で大局を見る視点、それが2人の時間が生む愛であり、絆だろう。