田中たかあきブログ

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恋愛や結婚をしないとダメなわけではない

恋愛や結婚をしないやつは他の人より劣っているという無言の圧力があるが、それは1つの評価基準にすぎない。

 

たしかに、社会や国の発展のためには、子どもを産んだほうがいいのだが、それは全体から見た視点である。

個人の意思とは別である。

ここに、全体主義と個人主義の対立がある。

 

そもそも、「恋愛」とか「好き」とか「付き合う」とか「結婚」という言葉は、知らない他人が作った概念だ。

 

恋愛も結婚も、他人が生み出した概念であり、他人の欲望である。

だから、恋愛や結婚をしたいと思うことは、他人の欲望を真似している。

 

恋愛や結婚は、もともと他人の欲求であり、他人の価値観なのに、いつしか絶対的な正しい評価基準だと思い込むようになるのだ。

 

例えば、小さいころから周りの人が「〇〇くんは〇〇さんのことが好きなんだ」などというセリフを聞いて、「誰かを好きになる」という概念や、恋愛という概念を学んでいく。

テレビをつければ恋愛ドラマや結婚ドラマがウジャウジャとあふれている。

美人な女性がテレビでインタビューされるとき、「好きな男性のタイプは?」と質問されても不思議なことではない。

 

恋愛をすることは人間として当然のことであり、結婚をするほうが望ましいことである、という考えは強力である。

 

恋愛や結婚に関する情報をずーっと浴び続け、恋愛や結婚という他人の欲望を模倣し、「自分も恋愛したい!」とか「自分も結婚したい!」となるなら、それはそれでOKだ。

 

その一方で、「恋愛とか結婚とかどうでもいいわ」って思うの当たり前。

だって、恋愛も結婚も他人の欲望なんだから。

 

他人が作った概念を自分も取り入れる義務などない。

 

恋愛や結婚をするほうが偉いという階級闘争があるが、これはあくまで1つの価値基準にすぎない。

たしかに、その評価基準のなかではそうなんだろうが、物事を評価する物差しは、他には無数にある。

 

だから、恋愛しない人がダメなわけではないし、結婚しないことがダメなわけでもない。

 

「恋愛しないやつは劣っている」

「結婚しないで独身なやつは劣っている」

そのような評価は、1つの価値基準からの評価にすぎない。

1つの観点にすぎない。

他人の欲望にすぎない。

 

あなたの価値基準は何なのか?

あなたの欲望は何なのか?

あなたはどんな観点から世界を見るのか?

 

他人の観点や欲望を真似することが偉いわけではない。

恋愛しようとしまいと勝手だし、結婚するもしないも個人の自由だ。

 

国や社会のために自分を犠牲にして無理に結婚することも1つの人生だ。

国や社会より自分を尊重して、恋愛や結婚をしないのも1つのあり方だ。

 

・・・というのが、私の観点なのである。