田中たかあきブログ

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ユミルは自分の大切な人のために生きて、自分のために生きた

ユミルの個人主義と愛

『進撃の巨人』の中でユミルは、クリスタのために生きることによって、自分のために生きたのだと私は理解している。

単に人のために生きるのではなく、自分にとって大切な人のために生きることで、同時に自分のためにも生きる、という生き方のモデルを示しているのが、ユミルだ。

 

このユミルの生き方は、キリスト教の「愛」の概念に少し似ている。

 

「人のためではなく、自分のために生きたい」とユミルは言う。

全体主義的な生き方よりも、個人主義的な生き方に、彼女は憧れている。

しかし、個人主義にも種類や程度の違いがある。

ユミルの個人主義は、愛する人と連動した個人主義である。

 

ユミルは、このままクリスタ=ヒストリアが壁の中にいては、ヒストリアが危険だと判断して、彼女を壁の外に連れ出そうとし、ライナーとベルトルトと一緒に行動する。

 

ユミルは、ヒストリアには「私は自分が助かりたいからお前を連れて行こうとしているんだ」と言う。

しかし、それは明らかに嘘である。

 

なぜなら、ユミルが本当に助かろうとするなら、顎の巨人は身軽で森の中で速いのだから、自分だけ逃げればいくらでも助かることができるからだ。

いざとなったら巨人たちがいる森の中に逃げれば、ライナーたちに殺されることはないだろう。

 

ライナーたちについていったら、顎の巨人の能力を奪われて、巨人化した他の人に食べられてしまうことは明らかである。

 

しかし、ユミルはライナーたちと一緒に行こうとする。

それは、明らかにヒストリアを助けるためだ。

 

一見、ユミルはまたしても人のために生きてるだけのように見える。

しかし、今までと違うのは、自分の大切な人のために生きているということだ。

ヒストリアに元気に生きていてもらうこと、それがユミルの欲望でもあるのだ。

 

それゆえ、ヒストリアを助けることは、ヒストリアのためであると同時に、ユミル自身のためでもあるのだ。

 

だから、ユミルは全体主義と個人主義をうまくバランスをとった生き方をしたとも言える。

 

ただ、ユミル様の役をやっていたころのユミルが、自分のためでなく人のためだけに生きていたわけでもないだろう。

実際ユミルの役を演じることによって、おいしい食べ物や綺麗な衣服を与えられたのだから。

 

でもまあ、細かいことはどうでもいい。

大切なことは、自分にとって大切な人のために生きることによって、自分のためにも生きる、という生き方を、ユミルが示していることが大切だ。

 

愛する者のために生きることが、自分を愛することでもある。

そのような愛の形を、ユミルの活動の中に見ることができる。

 

結局、ユミルはライナーたちの故郷に行って、巨人化した次の戦士候補の人に食べられている。

かわいそうだが、ヒストリアへの愛と信念の強さ、ゆずれない誇りを持った、かっこいい素晴らしい生き方だと思う。