田中たかあきブログ

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赤ちゃんが生まれた時に泣く本当の理由

赤ちゃんが泣く真の理由

この世界に生まれて悲しいから泣く

なぜ赤ちゃんは母親から生まれたときオンギャアと泣くのか?

ハハハ、と爆笑しながら生まれてくる赤ん坊はいない。

私は考える、1つの仮説は、生まれてきたことが悲しいからだ、というものだ。

 

赤ちゃんが産まれたときに泣く理由、それは、この世界に生まれたことを悲しんで泣いているのだ。

 

なぜこの世界に生まれたことを悲しむのか?

その理由は、この世界が辛く厳しく苦しい世界だからだ。

これからこの世界で生きていくことになり、そして多くの不幸な出来事や苦しみを体験しなければならないという絶望感と悲痛の声が、赤ん坊の泣き声なのだ。

 

無の状態から、有の存在になり、この残酷な世界に産み落とされる。

 

赤ちゃんたちはこう考える。

「ふう・・・、ん?ここは何だ?

あっ!ここはまさか、生の世界?産まれた?産まれちゃった?

う、うわあ、うわああああ!」

 

赤ちゃんたちはこの世界に生まれてしまったことにハッと気づく。

 

「なんてことだ、この辛く苦しい世界に生まれてしまったのかよ!

ちくしょう、ちくしょおおおおう!

ちなみに自分の両親はどんなやつだ?

どれどれ・・・うわあ」

 

そんなわけで、絶望した赤ん坊たちは、大きな声で泣くのである。

力いっぱい、自分の宿命を、運命を、不条理で理不尽なこの世界に強制的に生まれされられてしまったことを憂いながら。

 

彼らは自問するだろう。

なぜ自分はこの残酷で苦しい世界に生まれてしまったのか?

なぜこんなに苦しい世界なのに生きていかねばならないのか?

旧約聖書『ヨブ記』のヨブのように、彼らはナゼナゼと問いながら、泣くのである。

 

泣かない赤ちゃんはなぜ泣かないのか

他方、生まれたときに、全く泣かないで静かな赤ちゃんもいる。

彼らは、泣かないということは、悲しんでいないということなのか?

 

そうかもしれないし、あるいは、あまりのショックで呆然としているのかもしれない。

人は、何が起こったのか分からなくて、声も出なく唖然としてしまうことがよくある。

 

あるいは、もう最初から諦めムードなのかもしれないし、居直っているのかもしれない。

あるいは、最初から悟りきっているのかもしれない。

 

泣いて生まれて死ぬときは笑う?

人は、この世界に生まれた赤ん坊のとき、泣きながら生まれる。

では死ぬときも泣くのかというと、泣かない。

死ぬときは、むしろ家族とかに「ありがとう」とか言いながら、薄っすらと笑みを浮かべながら死ぬくらいだ。

人は、死ぬときは泣くよりも、笑って死ぬことが多い。

 

これはなぜだろう?

1つの仮説は、この辛い世界や人生からやっとオサラバできて嬉しい!という喜びの笑顔だという仮説。

「はーああ、やっとこの超ハードモードの人生から解放されるよ!うれしい!」

という笑いなのかもしれない。

病気の痛みや苦しみから解放されるという安堵の気持ちから、フッと笑ってしまうのかもしれない。

 

あるいは、「いやー最初は絶望してたけど、案外楽しくて幸せな人生だったなあ!

また同じ人生を生きたい!」

という、満足感からくる笑顔かもしれない。

 

または、家族の人への感謝の気持ち、お世話になった病院の人たちへの感謝の気持ちから、笑顔になるのかもしれない。

今まで人生の中で会ってきた多くの人を走馬灯のように思い出しながら、彼らへの感謝の気持ちから、笑顔になるのかもしれない。

過去の人たちへの感謝の気持ち、未来の人たちへの応援の気持ちから、笑うのかもしれない。

 

いずれにせよ、笑いながら死ねるばあい、死を祝福しながら死ぬという、爽やかな死に方になる。

祝福しながら死ぬというのは素晴らしいと思う。

 

泣くのはむしろ死ぬ人よりも、周りにいる家族などの人たちであることが多い。

死ぬ本人がワンワン泣きながら死ぬのは珍しい。

 

赤ん坊として世界に生まれたときは、周りが笑っていて、自分は泣いている。

死ぬときは、周りが泣いて、自分は笑っている。

もちろん周りも笑って祝福する場合もある。

 

もし、本当に自分の人生を愛する人がいて、名残惜しい気持ちがあれば、泣きながら死ぬかもしれない。

「くそう、もっと生きて楽しみたかったのに!ちくしょおおおおう!」

と泣きながら死ぬわけだ。

 

産まれてくるときは泣いていたこの人生。

果たして死ぬときは泣きながら死ぬだろうか?

それとも笑いながら死ぬだろうか?

あるいは、怒りながら死ぬかもしれないし、誰かを恨みながら死ぬかもしれない。

やはりこの世界は理不尽で苦しいから、やっと死ねるという喜びによって笑いながら死ぬかもしれない。

 

どういう感情を持ちながら自分は死ぬのか、ということは興味深いことだ。

死ぬときの表情は、その人物が持つ世界に対する気持ちを映し出す鏡かもしれない。